Gut Busters

大腸に食い込む「音」を求めて・・・

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音楽的な引きこもり

ビートルズとニルヴァーナは似ている。我々現代人はあまりにもビートルズの曲に慣れ過ぎてて気づかないけど、ビートルズの弾き語りなんかをやってみると、あまりにも脈絡のないコード進行にビビる。どこでどうやったらあの発想が生まれるのか全く分からない。そんなアバンギャルドなことをやっておきながらスタンダードになっているんだから、ビートルズと言うバンドは本当に恐ろしい。

今はそんなことないかもしれないけど、90年代に育った我々はあるプレッシャーの中青春時代を過ごした。Led Zeppelinをカッコいい!ということがカッコよかったのである。ツェッペリンの良さが分からないやつはダメ人間、という空気があり、モテたかった自分は随分無理矢理ツェッペリンを聴いた。それより辛かったのはクリームブームである。ジャムることになるとなぜか絶対にSunshine of your loveをやらなければいけない。もっとカッコいい奴はWhite Roomをやる。クリームの良さが全く分からない自分は本当にきつかった。

こうやって書いてみると初めて分かる。自分はメランコリックなヨーロピアンフレーバーの音楽がダメなんだ。こういう音楽を聴いているほうが恰好よかろうが、深かろうが、自分には本当に難しい。聴いているだけで陰鬱な気分になってくるのである。聴いていてモテる音楽はニヒルでメランコリックな音楽、俺は無理だな~。さて、冒頭の話に戻るが、自分は(言うまでもなく)ビートルズもニルヴァーナも聴かないが、この二つのバンドは大衆音楽に決定的な影響を与えたんだろうな、と思う。特にニルヴァーナが出てきた後は、すべての音楽の「フレーバー」が変わってしまった。ニルヴァーナの音楽はもうとんでもないコード進行のオンパレードである。あまりにも前衛的すぎて、自分の耳は今でもニルヴァーナが理解できない。なんというか、ずっと爆音で不協和音に晒されているような感じで、吐きそうになる。でも、カートコバーンは本当に天才だったんだろうな、とは思う。

でも、もっとすごいのはニルヴァーナを「いい!」と思える「大衆」だ。自分から見ると「みんなどんだけ耳が肥えてんだ」と思う。ニルヴァーナという爆発が起こってからというもの、世界の「色」が変わった。ありとあらゆるところが不協和音だらけになって、本当に気が狂うんじゃないか、と思った。特に自分が学生時代のころはミスチルとかスピッツとかブランキーが流行りだして、不協和音のオンパレードにより世界が崩壊していくような気分だった。マジ冗談じゃなく。ライヴハウスはもうみんなブランキー状態で、本当にうつ病ギリギリだった。

例えて言えば、常に船酔い状態。今考えると、そんな時に自分は本当にAC/DCにすがっていて、AC/DCに引き籠っていたなあ、と思う。朝から晩までAC/DC。歩いているときはウォークマン。寝る前はライブのビデオ。ギターのケースはAC/DCのステッカーだらけ。もちろんTシャツはAC/DC。なんというか、「魔除け」のようにAC/DCにすがっていた。いまではAC/DCがきちんと内在化され、自分の中で確固となるものとなったから、AC/DCの引きこもり状態から脱することが出来た。でも今は黒人ブルーズに引き籠っているから同じことか・・・。うーん、進歩がない・・・。

あまりにも過小評価されて誰も考えていないことだと思うけど、ああいう時代の風潮に一矢を報いたのはBuckcherryなんじゃないか、と思う。あの時代の空気の中であそこまでの正統派のロックンロールをやるというのは、もう凄いことだった。例えて言うならば、フルチンで街中を歩くようなもんだ。初めてアルバムを聴いたときの衝撃は忘れないなあ。でも、案の定インタビューでは本当に好きな音楽を貫き通すのが辛かったと言っていた・・・。Buckcherryが出てきてから、少しずつ流れが変わってきて、今じゃだいぶ世界の空気も違ってきた。それにしても誰もBuckcherryの業績と勇気を称えないのは悲しいことだ。という自分もこの記事を書くまではすっかりこのバンドのことを忘れていた。

ビートルズとかニルヴァーナは本当に天才の集団で、彼らは伝統をぶっ壊す達人だった、という感じがする。哲学者で言うならばニーチェ?画家で言うならピカソ?他方で、AC/DCみたいなバンドは細々と伝統工芸品を作り続けるようなバンドなのだ。やっぱりぶっ壊す方が派手で注目されるもんなあ。職人はそこまで注目されないか。どちらにしろ、AC/DCはすごい!そしてBuckcherryもすごい!

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Rock or Bust!!!

AC/DCの新譜が出て約一か月経つけど、かなり聴きこんでようやく感想を書いてもいいかな、と思った。我々AC/DCマニアから見ると、これは紛れもない「涙」のアルバムである。マルコムというバンドのエンジンを失ってしまっても、ロックンロールへの愛という名のガソリンを注ぎ込み、走り続けるAC/DCというバンドの真髄を痛感するアルバムである。しかも、その後、これまたバンドの「グルーヴ」には絶対に欠かせないフィルラッドの例の事件が重なったりして、AC/DCは致命傷を負い続けているのである。でも、彼らはロックンロールをやり続ける、と堂々と宣言している。凄すぎる。AC/DCはロックンロールにおいての記録を更新し続ける怪物バンドだ。

さて、アルバムの中身だけど、なんというかほとんど捨て曲なしの素晴らしい出来だ。そして、マルコムがいないからその分気張らなきゃ、というバンドの攻撃的な姿勢が伺える。アンガスなんて、かなり弾きまくっている。前作のBlack Ice, Stiff Upper Lipでは王者の風格というか、心地よい「余裕」が感じられたけど、今回のアルバムは雰囲気が結構違う。AC/DCマニアじゃない人には同じに聴こえると思うけど(笑)。

毎回思うけど、ブライアンジョンソンは世界で一番正当な評価を受けていないものすごいボーカリストじゃないだろうか?あの恐ろしいハイトーンを60代になっても出し続けている秘訣は一体何なんだろう?インタビューでは、「この先も歌い続けるっていうことになるとあのハイトーンはどうやって維持していくのですか?」という質問に対して、「分からない」と答えていた。煙草も吸うし、声には全く気を使ったことがないから、本人でもコンディションの維持の仕方が本当に分からないらしい・・・。

いつも通りの素晴らしいアルバムでいつも度肝を抜かれるAC/DCだけど、最後にマニアならではの細かい意見を書きたいと思う。個人的に(ギタリストとして)AC/DCの凄さを感じていたのは、ギターの「音」だ(こうやって書くと陳腐だなあ)。具体的に言うと、アンガス&マルコムのコンビネーションの音は、とてつもなく「乾いていて」「立体的」なのだ。我々レベルのギタリストがレコーディングとかライブをすると、必ずと言っていいほど、「湿っていて」「つぶれた(平面的な)」音になってしまう・・・。プロのレベルでも、この湿ってつぶれた音はものすごく頻繁に聴く。AC/DCの音の「乾き具合」と「立体性」は宇宙レベルなのだ!

今回のアルバムをシビアに聴くと、立体感がほんのちょっとだけ下がっていることに気づく。と言っても、我々にはとても手の届かない「乾き具合」と「立体性」は見事に保っているのだけど。これでしみじみ思ったのは、「あの音」は紛れもなくアンガスとマルコムという兄弟のコンビネーションが醸し出す音なんだなあ、ということ。でもだから今のAC/DCは劣るんだ、とかは全く思わない(マジで)。マルコムは燃え尽きるまで走り続けて、それで自分の甥にバトンタッチをした。今回のメンバーチェンジは、エゴがどうのこうのとかいう次元ではなくて、燃え尽きるまで転がり続ける、というAC/DCの生き様そのものなのだ。だから今回のアルバムでも堂々たるAC/DCのサウンドは健在なんだろう。やっぱり正に「涙」のアルバムである!

高校生に逆戻り!

東南アジアに来て、研究職に就いてからというもの、「授業」の受け持ちが多く、気が重い・・・。
全然慣れない。
生徒たちのフィードバックを見てると、自分の「教師」としての評価は低いけど(専門知識が足りないなど)、「親しみやすさ」では常に満点に近い(笑)。
全体的に点数は低いけど、そこだけいつも突出している。
だから必ず、学期が終わると、Facebookで友達申請が来る(ほかの同僚は来たことがないらしい)。
最近なんか、ディナーに誘われてしまった!(日本では全然普通にあることだけど、こっちでは結構珍しい)

そんなこんなで、Facebookのクレイジーな写真が露呈してしまい、自分がギターを弾くことが生徒の間で広まり、明日ジャムることに・・・。
課題曲

Sweet Child o' Mine
Crazy Train
Highway to Hell
War Pigs

AC/DCは何とか乗り切れそうだけど、SlashだのRandy Rhodesだの・・・、指動かないっす・・・。。。
それと、War Pigsのリズムが複雑で難しい・・・。

最近の音楽について

今さらって感じだけど、本当に最近の音楽が好きになれないなあ、とつくづく思う。最近というより、「オアシス」以降の最近の音楽と言った方が的確だろうか。オアシス以降だから、もう十数年になるのか・・・。恐ろしい!正に自分にとっての音楽暗黒期がずっと続いている。

別に奇を衒って、古い音楽しか聴かないわけでは決してない!頑固にロックンロールやブルーズを聴き続けているわけでも決してない!単にロックンロールやブルーズが底なしに魅力的だから&最近の音楽が本当に肌に合わないからという理由。本当に、うそいつわりなしに、涙が出るような音楽、大腸がうずくような音楽に出会えたら、それが今作られたものであれ、なんであれ、喜んで飛びつく。でも、なんかオアシス以降の音楽って好きになれない。何が好きになれないか、というと音楽が脱力&ニヒルだから。分かってもらえるだろうか、この絶妙な喩え。

オアシスが出てきたときは、本当にぶったまげた。なににぶったまげたか、というと同年代の人間に絶大な支持をされたことにぶったまげた。そして、バーとかに行くといまだにオアシスを演奏しているバンドがいて、もうその場は超盛り上がる。自分から見るとオアシスって本当に、脱力してニヒルに構えている。「俺はニヒルだぜ~、カッコいいだろ~?」という「間接的な」アピールをバンバン感じる。暑っ苦しくて、ガッチガチに力みまくっているのがロックンロールなはずなのに、なんでこういう音楽がロックという分類をされるのか、全く持って理解不能。

超ブサイクなのに何を勘違いしたのか、脱力&ニヒルに走ってしまったミュージシャンがいて、更に何を血迷ったのか女性ファンがそのバンドに熱狂している、という事件があったら、それは超ロックだと思う。でも、イケメンの奴らが脱力&ニヒルな音楽をやっていると、すんごいイヤミに感じる。そして、そういうミュージシャン達がキャーキャー騒がれていると、この世も終わりだと思う。決して僻みではない、多分。

でも、考えてみると暑っ苦しくて、ガッチガチに力みまくっているロックンロールバンドってやつ自体が実は希少なのかもしれない。ロックってものすごく形骸化しやすくて、スグに熱くないバンドがどんどん出てきちゃうような気もする。そう考えると、宇宙レベルの超変人を排出し続けているブルーズの方が断然好きだなあ。

脱力&ニヒル系のバンドが後を絶たないので、ついブログで愚痴ってしまった!ロックンロールの神様、許してください!!!

洋楽コンプレックス

AC/DC, Little Richard, Son Houseに出会ってからというもの、「これだ!」と思う音楽にたどり着いてしまったので、新しいものの探究はあまりしていない。でも、これらの音楽に出会うまでは本当にいろんな漂流をしたなあ、と思う。それでどんどんと自分の遍歴をさかのぼっていくと、最初に何を聴いたか、ということになる。もちろん最初に聴いたのは、ディズニーとかカントリー(両親が聴いていたから)とかだけど、ここで問題になっているのは最初に聴いた「ロック」。

年上の人の話を聞くと、「俺の最初のロックはモトリーだね」とか、「最初にツェッペリン聴いたときはさあ」とかいう話になる。正直言ってそんな話が羨ましい。自分の世代は大体最初のロックはBOOWYだ・・・。ロックの入り口が邦楽というのが、洋楽で童貞を失った先輩たちと比べるとなんとなく恥ずかしく感じてしまう。BOOWYの偉大さは今も実感しまくっているけど、泥臭いブルーズ路線のロックからいきなり洗礼を受けたというより、さわやかな(どちらかというとポップ寄りの?)ロックから入っていったというところにこっぱずかしさを覚えてしまう。「ロックの入り口はクラプトンだったね!」とか言える人、羨ましい・・・。

そんなBOOWY世代でも、アンチBOOWYはもちろん多い。アンチBOOWYの人たちは、「やっぱりブルーハーツでしょ!BOOWYとか言ってイタイよね」って堂々というけど、それを言われると我々はぐうの音もでない。やっぱりBOOWYってなんとなくヴィジュアル系の走りみたいに位置づけられているからね。いまブルーズやっている人でも、「いやあ、最初はBOOWYなんだよね」とかいう話になることがあるけど、やっぱりそういう風にカミングアウトするミュージシャンの人々はみんなちょっと恥ずかしそう。

今日本ではBOOWYの映画(?)が期間限定でやっているみたいだけど、そういうのを聞くと、「観に行きたいなあ」と思ってしまう(笑)。うーん。どんだけ、遠くまで旅をしてもやっぱりルーツは懐かしく感じてしまうもんですねえ。

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大腸に食い込むクオーターチョーキングを探求するギタリストです。

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